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No.326 吐く女性・後編

2014/06/03

5時 20分に最後の外来患者診療を終えたので

西澤はそのまま、当直業務に入らざるを得なかった
今日は外来診療に忙殺され、昼食をとる暇もなかった

数名の患者が立て続けにやってきた

「咳と痰が 20日ほど前から続くが今日は息苦しさもある」 という
 42歳の男性

CTで左下肺野に広汎な肺炎像があり、入院

尿中肺炎球菌抗原が陽性であった

「走って転んで、側溝の角に額をぶつけた」 という
 額から血を流している 2歳の男の子

裂傷があったが、深くないので、縫合はせず、生食で洗浄後、裂傷用のテープで傷の固定をした

「トイレの前で嘔吐して倒れていた」 という
 意識のない 87歳の男性は、救急車で搬送されてきた

CTを撮るとクモ膜下出血があり入院とし、脳外スタンバイドクターをコールした

「 38℃くらいの熱発」 という 92歳の糖尿病女性は

肺に異常陰影はなかったが、尿の白血球が無数であり、腎盂腎炎として入院

「太い釣り針を指に刺してしまった」 という 32歳の男性

釣り針の直径は 1.5mmほどもある

釣り針の誤刺は、教科書には 「引き抜かず (釣り針には 「返し」 があるから) 、そのまま更に進めて刺入側と反対側から出す」 とされている

しかし、太すぎる釣り針は

長いから進めるのも困難で、下手すると骨に当たってしまう
こういう時は、傷を大きくすることを覚悟で、ペンチで引き抜くしかない
太い釣り針は 「返し」 も太いから、折れて皮下に残る心配はない

「返し」 があるだろう方向の皮膚から皮下にメスで、切れ目を入れてから、ペンチで釣り針を強く把持し、一気に引き抜いた

「返し」 を強引に引き抜けば、血管や神経や腱を損傷する場合もあるが、幸い、つり針は、そのような場所には刺さっていなかった

夜間の救急外来も一段落して、食事を済ませると

時計は午前1時をまわっていた

その時だった

救急隊からの連絡

「 22歳女性、自宅で意識がなく、尿失禁しているのを家人が発見、心拍、呼吸ともあります」

「脳血管障害にしては若すぎる」

「クモ膜下出血ならありうるが」

西澤は少し疲れ気味の頭で思いを巡らせた

救急車は、 5分も経たないうちに到着した

西澤は

救急隊のストレッチャーにのせられている患者の顔を覗き込んで驚いた
何と、昼間、嘔吐を主訴に母親とともに受診した、あの患者ではないか!

頭部CTは正常

そうこうしているうちに、血液検査 (入院セット) の結果が出た

並ぶ数字の中に、際立って高い値の項目がある

それは血糖値

826mg/dl

念のため追加オーダーしたヘモグロビンA1c値は5.1%と、ごく正常であった

「糖尿病昏睡だったのか」

西澤はため息をついた

そういえば昼間の嘔吐は普通じゃなかった

昼間だって血液検査はしたが、残念なことに 「消化器セット」 の中には血糖値が入っていなかった
妊娠反応を調べるために採尿までしておきながら、肝腎の 「尿セット」 はオーダーしなかった

少なくとも尿セットのオーダーをしていれば

尿糖高度陽性、ケトン体陽性と出たはずである
そうすれば、血糖値をチェックし、入院により、インスリン投与や輸液をすぐに開始できた
深夜、昏睡で搬送されることなど、なかったのである

あとになって考えれば、昼間の受信時に血圧が低くて心拍数が高かったことは奇妙だった


高血糖があるのに、ヘモグロビンA1c値は 5.1%と正常値であったのは

この患者がつい数日前まで血糖値が正常であったことを示す

すなわち、急激に発症する糖尿病、「劇症型糖尿病」だったのだろう

※ この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませが、医学的記述に関しては間違っていないはずです

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