2016/03/28
何万人もの患者さんを診て来たわけだが、その中で 特に印象に残る患者さんが 何人かいる
今回は、いちばん最近の患者さん、 Mさんのお話
ある受診日のこと
通常の診察を終えると、 Mさんは、表紙に 「川口先生へ」 と書かれた紙の包みを渡してくれた
Mさんは 俳句を趣味とする人で、その包みの中身は、折り紙サイズの 色紙十数枚に、恐らく マジックインクで書かれたと思われる 俳句であった
そのうちの幾つかを紹介する
色紙の色は 黄緑、 紫、 ピンク、 空色と カラフルで、背景には 花びらが印刷してある
右手が不自由のため、左手で書いたであろう文字は 細かく震えているが、力強い筆致で、書きにくい漢字もよく読める
僕は Mさんについて 知らない面も多かった
しかし、 Mさんの 美的センス、 物事に対する感性は すばらしく、 Mさんの心は 決して老いてはいないのであった
そして、 Mさんの過ごした 90年余りの人生の一部を 垣間見た気がした
「父は 先生に会うのが楽しみで、いつも先生の診察日を 心待ちにしているんです」
と仰った
心肺停止状態の高齢者が 救急搬送されてきた
すぐに救急室に駆けつけて 患者の顔を見て、僕は 息を飲んだ
救急ベッドに横たわっているのは Mさんだったのだ
家族の話によると、昨日までは 普段と何も変わったところはなかったとのこと
心肺停止後 発見までに、すでに 1~ 2時間が経過していたようで、検査結果も 病態の解明には役に立たず、薬剤投与、 30分間の人工呼吸と 心臓マッサージをしても、蘇生することはなかった
僕は かなえて上げることができず、 Mさんは 92歳 4ヶ月の人生を 終えた
亡くなる 9日前に頂いた あの俳句集は、 Mさんの遺言だったのだろうか
机脇を ちらと見るたびに、 Mさんの 人懐っこい顔が浮かんでくる