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No.210 河正にて

2013/02/01

その夜、研修医の玉森裕太郎

須田公彦から、 「メシでもどう?」 と誘われた

閑静な住宅街の一角に 「割烹・河正」 はある

両側から淡い灯りが足元を照らす中、打ち水された玉砂利の上を 10歩ほど歩くと店内だ

少し暗い店内には

日本料理店には場違いとも思える、 50年代のモダンジャズが静かに流れている
栃の、耳つき一枚板カウンターは、暖色のスポット照明によって各席が照らされ、料理の美しさを引き立てるのだろう
裕太郎がいつも研修医同士で行く、賑やかな白本屋とは、雰囲気がまるで違う

「先生、松翠が入りましたよ」

着席した須田に、河正の 2代目大将、自称 「マスター」 が、カウンター越しに、にやりと笑う

「それ、たのむわ、 2つ」

松翠は、地元の酒蔵、松喜酒造が作る純米大吟醸で

出荷数がきわめて少ないことで知られている逸品である
漆塗りの枡に入った小ぶりのグラスに、一升びんからとくとくと冷たい松翠が注がれ、溢れた酒は枡にこぼれる
須田は、目を細めてその様子を眺めている

先付けに箸をつけながら

裕太郎は 昨日視たテレビ番組、ジェネラル・ドクの話を始めた

裕太郎 : 「病歴を詳しく聞くと、診断が自然に出て来るんですね」

須田 : 「あんなァ、お前、あんな番組見とんか、やめとけ、やめとけ」

裕太郎 : 「あれは良くないんですか?」

須田 : 「お前は純真やなァ  あれはな、あくまで番組やで」
     「民放ならともかく、JBCがあんなんやるから、おかしィなるんや」

和歌山県、高野口出身の須田は

病院外では、ところどころに紀州弁が混じる
神戸出身の裕太郎には、少し変った関西弁に聞こえた

須田は続ける

「総合医やらなちゃらゆーて、特別視しとるゆーか、なんかヒーローみたいに扱いよるのはおかしい」

「あんなん、JBCのミスリードやな」

「実際の症例がもとやゆーとるけど、脚色もあるやろし、ジェネラルはんは、どーせ検査の結果かて見とるやろし」

彼はさらに続ける

「煙に巻くよなエピを混ぜて見たり、わざと診断が当たらんようにしとるとしか思われへん」

「出演の研修医かて、どうせあらかじめ打ち合わせあるやろし、台本のとおりに発言しとる、やらせとちゃうか?」

「病歴、よー聞いたら診断つく、ゆーなら、高い検査機械なんか、日本にいらんやろ」

今日の須田は いつになく饒舌だ
無口な昼間の彼とは、どこか違う

「やめとけ」 と言いながら

自分だって、ちゃんと 「ジェネドク」 を視ているではないか
それに、 「検査が大切」 と力説する割には、須田はあまり検査をしないではないか
そのため、院長からは、
「須田先生、保険でできる検査はできるだけやって下さいね」
と いつも言われているのを裕太郎は知っている

「須田は、総合医療の本当の意義をよく知っているからこそ、JBCの、作り込みが杜撰で誰を視聴対象としているのかわからない中途半端な番組構成に苦言を呈しているのではないだろうか?」

それを須田に聞いたところで、否定するに決まっているだろうから、玉森は言わないことにした

裕太郎 : 「そういえば、この間、病院のロビーで、凄い捕り物をしたんですってね」

須田 : 「あー あのナイフ事件か」
     「刺股はなァ 弁慶の七つ道具にも入っとるんや」

裕太郎 : 「弁慶の七つ道具 ・ ・ ・ ですか?」

須田 : 「お前、なんも知らんな」


帰る時になった

玉森裕太郎は、飲食代を奢られるのが好きではない
相手が、たとえ先輩であってもだ

「須田先生、ここは割勘でお願いします」

須田は、「は? お前、無理やろ? ここ、けっこう高いで」

そう言って、すでにポケットから 1万円札 5枚を、無造作に掴み出していた

この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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