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No.029 相談すること、されること

2011/03/25

皆さんは、人に「相談」をすることがあるだろうか?

わからない時、適切な人に相談すれば素早く情報を得ることができる

僕は、診断がつかなかったり、治療法がわからない時など、その道の専門家に直接電話をして質問(相談)することにしている

いわゆるコンサル (コンサルテーション)

おかげで、これまでに、随分知識を得ることができた

医師という職種は、相談されることを厭わない (と、少なくとも自分は感じている)

自らの専門分野に関することであれば、アドバイスを求められることは決して迷惑なことではない (少なくても自分は)

それどころか、患者の紹介状に対する返書や、
患者の診療を依頼する手紙に対する返書には
「ご紹介賜りまして誠にありがとうございました」
などの決まり文句が必ず書かれている

僕が医師になったばかりの頃

「ご紹介賜りまして誠にありがとうございました」
の意味が分からなかった

有難がるべきは、むしろ紹介した側、すなわち返書をもらった側ではないのか?

紹介された側は自分の仕事量が増えるだけで、
一体、何が「有難い」のか分からなかったのだ
でも慣例なので、紹介状の返書には、自分もこの文言を書いていたものだ

自分はこれまで、延べ何万人もの患者を診療してきた

そして、これらの患者さん(症例)から学んだことは極めて多い

要するに、医師は患者さんから学ぶ
だから、患者を紹介されることは、自分のスキルアップの機会であり、とても有難いことなのだ
そう考えると「ご紹介賜りまして誠にありがとうございました」の意味がわかった

しかし、そんなに深く考えなくても、この文言は、単なる儀礼的な定型文なのだろう
起源はどうであれ、おそらく、医師同士の連携をスムースにする定型文なのだ

受け取った側は悪い気がしないし、お互い様の面もあるからだ

余談ではあるが

結婚、恋愛、人間関係、就職、職業選択など、人生上の悩み事などに関しては、人に相談はしないほうがよい場合が多い

相談された身になって考えてみればわかる
自分と相談者とは、そもそも別人格であるし、置かれた立場だって異なる

自分のアドバイスが、相談者にとって、果たして役に立つか否か、わからないので迂闊に答えることはできない

「自分だったらこうする」
くらいのアドバイスなら無難かも知れないが・・・
もっとも、相談者だって、必ずしも真剣に正解を期待しているわけでないだろう

自分の悩みを誰かに聞いてもらえれば

それですっきりするということは多い
そういう意味で相談に乗るのなら気楽でよいかも知れない

「相談」でも、経験者に、ノウハウを聞くことは、それなりに意味がある

僕の医療に関する相談もそのたぐいだ

また、例えば、家を建てた人に、その苦労話を聞くことは、自分が家を建てる時にきっと役立つ

要するに、相談するなら、その相談に適した人を選ぶことだ

相談されるということは

自分が、その人から頼りにされているということを意味する

「人から頼りにされる」
ということは、
それ自体、とても幸せなことで、計り知れない喜びがある

反面、期待に答えられなければならないというプレッシャーもあるかもしれないが、
そこは相手がどう受け取るかにかかっているので、実は責任感をさほど感じる必要はないのだ

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