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No.040 人は2度死ぬ

2011/04/25

007のことではない

「人は二度死ぬ」
としばしば言われる
一度目は 生物学的に死亡した時
二度目は 周囲の人から完全に忘れ去られた時

だから、人は
「自分の生きた証を残したい」
という幻想ともいえる観念にとらわれる

しかし、人は、生物学的に死んでしまえば

人から忘れ去られようが、一向に構わないのではないかとも思う

「自分の生きた証を残したい」
との思いは、わからぬでもないが、死んでしまった自分が、感知できることではない

故人にとって2度目の死などあるはずもなく、これはごく当たり前の話だ

だだし、残された者にとっては、故人の思い出は生きていて、それは常に自分と共にあることも事実だ

僕の母は、生前

何度と無く、自分の若かりし日の思い出を語って聞かせてくれた
自分が、いかに周囲の男性にもてたかを、自慢げに話していたものだ

「そりゃ、若ければ、誰だってもてるさ」
口には出さなかったが、僕はそう思って聞き流していた

父は無口な人だったが

それでも陸軍軍人として戦った南洋の島での野戦の体験は、何度も聞かせてくれた

戦車による砲撃の照準の合わせ方、ジャングルでの激しい戦闘、
乗っていた船が雷撃を受けて沈み、
何日も海に漂流し、奇跡的に助かったこと
沈み行く船の甲板で自分の救命胴衣を戦友に与え、その戦友が助かったこと

これら、幼い息子には何の役にも立たないような話を、しばしば語って聞かせた

繰り返しこれらの物語を聞かされているうち

母の女学校時代の友人達の名前や、彼女らの性格、
疎開先である飯田市での、いろいろな出来事や、
飯田で覚えたという
「信濃の国」
の歌、
教師時代にプロポーズしてきた同僚男性の名前、
父の助けた戦友の名前など、
いつしか自分の頭の中に記憶されていて、
あたかも、自らが体験した出来事のように感じるようになっていた

すなわち、父母の体験は、そのまま自分に移植されたわけだ

だから、自分が生きている間は、父母も自分の中だけに生きている

父母が自らの歴史を、幼い我が子に語ったのは、自分の生きた証を、誰かに残しておきたいという、
人間の本能だったのかも知れないと思う

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