2011/12/09
なーんて、まさか思ってないでしょうね
ここでいう 「特定の患者」 とは、重症者、または、まだ診断が確定できていない患者のことである
ある入院患者さんの娘さんが、 「他の患者のことなんかどうでもいいから、母だけを診て下さい」 と公言したことがある
まことに自分本位な、良く解釈すれば実に正直な発言ではある
普通、心で思っていても口には出さない本音を、彼女は口にした
病院の医者には何人もの受け持ち患者があり、家族の希望によって誰かだけを中心に診療するわけには行かないことを知っての発言である所が、いたたまれない
受け持ち患者によって、その診療に割く時間には大きな開きがある
これは、えこひいきなどではない
重症患者には時間を割くし、殆ど治っている患者にはあまり時間を割けないということだ
皆を、同じ時間をかけて診たいのはやまやまなれど、一日の時間は有限である
日に何度も回診に来てくれたとしたら、それは、自分がそれだけ重症であるか、もしくは、その医者がよほど暇なのか、どちらかと考えて良い
いずれにしても、あまり喜ばしい事態ではないことがわかるであろう
医者にとって、患者の命は一番大切であり、治療のためには家族をもかえりみず、数日間病院に泊り込むなどどいうことは、どの医療現場でも必ずあった
僕もそうしてきたし、今でも必要な場合はそうしている
「医者も人間」 などと余裕のある考え方はできない
頭ではわかっていても、自分の家族だけは助けて欲しいという願いが強い
「24時間、365日、自分だけのお医者さんであって欲しい」 と願う
その願いに、できるだけ答えようとすれば、医者は自らの予定や、自らの家族の願いを叶えることは二の次となる
「医業は、数ある職種の1つに過ぎないじゃないか」 というのが本音だ
「何で休みなのに呼び出されなくちゃいけないの? 当直医がそのためにいるんじゃないの?」 (語尾が上がる)
こんなことを言われた医者は、きっと少なくないはずだ
決まり文句、「仕事と私と、一体どちらが大切なの!」という、そう、あれである
「勤務時間が終われば、あとは自分と家族の時間」 と、ドライに考える医者もいる
欧米型医師とでも言おうか
こんな医者に対して、深夜に電話でもしようものなら、不機嫌そのものだ
真夜中に担当患者の病状が変化して、ナースが連絡すると 「当直医の判断に任せて!」 で電話を切る
医業を、労働の対価を得るための契約として考えれば、それは、きっと当然の対応であり、電話をする方が間違っているのかも知れない
しかし、当該患者の家族は、主治医でもない当直医が診るのでは、きっと不安は強い
深夜勤務中に、外来患者について相談のため、ある医師に電話をした
電話から聞こえたのは、 「今すぐ私に来いということですか!」 という、彼の怒声だった
僕は、正直足が震えて、しどろもどろ 「そ、そういうことじゃなくて・・・♯@$ж☆Я£」
もちろん、これは飯綱病院での出来事ではない
ここ、飯綱病院では、各科の待機医が決まっているので、電話をしても、快く応じてくれるのは本当に有難いと思う
カンファレンスが開かれる場合や、チームで診療している場合、また、上級医―下級医の関係にある場合以外、もしくは相談された時以外は、他医の診療方針に口は出さない
プライドの高い医者に対して、下手なことは言えないし、お互いの領域を侵犯したくないから、 「他医は他医」 と割り切る
と言うか、とても他医の診療にまで顔を突っ込む余裕もなく、自分の患者で精一杯というのが本音だ
日本には、ピアレヴュー(同僚が同僚を評価すること)の文化は育たない
その上、文字を丁寧に書かない人が多い
(ナースの文字は達筆で、丁寧で、読みやすいのに)
(注:飯綱病院の医師は僕をのぞいた全員、文字が丁寧で読みやすいこと、この上ない)
アラビア文字のような、もしくは暗号のような院内紹介状は、古参の看護師が解読してくれたものだ
「俺の字くらい読めるようになれ」 が、本音なのだろうか?
「読んでもらう」 という謙虚さがないのだろうか?
たとえ下手でも、丁寧な文字を書くことは、誰にでもできるはずだ
現代では多くの病院が電子カルテを採用している
カルテ電子化での最大長所は、どの医者の文字でも読めるようになったことだ