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No.117 続・海馬

2012/02/13

テレビCMで、ある落語家が

「繰り返し、繰り返しやりなさい」 と言っていた
家庭教師か何かのコマーシャルだったような気がする

前回

「海馬は1度だけのインプットでは重要でないとジャッジし、情報を大脳に送らず捨ててしまう」 と書いた

学術書、学術雑誌などを読む時

その内容に余程感銘しない限り、一度だけ、しかも何気なく読んだ内容は、 1週間後には必ずその殆どを忘れ、 1年後にはその全てを忘れると言っても過言ではない

ある医学雑誌の記事 Aを読んだ

重要と思う所にマーカーを入れ、新しいことを覚えたつもりになった

何ヶ月か経った時、ある医学雑誌の記事 Bを読んだ

重要と思う所にマーカーを入れ、新しいことを覚えたつもりになった

ところが、ある時

記事 A は、 記事 B と同じ物であることが発覚した
しかも、マーカーは、寸分たがわぬ部分に引かれているではないか
そう、たまたま同じ雑誌が 2冊あったのだ
数ヶ月前に読み、自分の記憶にしまい込んだはずの知識が、実は全く記憶されていなかった

しかし、凡人の僕にとって

これは、ごく当たり前のことなのかも知れない
1度読んだだけでは、海馬に 「重要でない」 と判定されてしまい、大脳まで情報が送られず、記銘は捨てられていたのだろう

僕はこれ以降

少なくても 1週間以内に、マーカーの部分だけでも繰り返し目を通すことにした
マーカーの部分だけなら目を通すのに時間はかからない
この習慣を身につけてからは、読んだ知識が、どうにか自分の中に定着するようになった

さて、ヒトは生きていれば歳をとる

歳をとると、短期記憶能力 (記銘力) が低下し、物忘れが多くなるのは世の常だ
たとえ アルツハイマー病でなくても、物忘れはする

「アルツハイマー型認知症」 という名称が

広く一般に認知されるようになると、すこし物忘れをする程度でも 「私はアルツハイマー病ではないでしょうか?」 と心配して受診する人も多く見かけるようになった
だから、いくつかの病院は、 「物忘れ外来」 を設けている

実際、 「物をどこにしまったか思い出せず、家中を探し回る」 などの行動が増えることが、アルツハイマー型認知症の早期症状のこともある

認知症の初期診断は、さほど容易ではない

1974年に、長谷川和夫博士が 「長谷川式痴呆スケール」 という

質問に答える形式の認知症を診断するツールを開発した
現在は、1991年の改訂版 (HDS-R) が医療現場で頻用されている

HDS-Rは、主として記銘力(=短期記憶)をテストするもので

記銘力低下が初期症状であるアルツハイマー病の診断に対しては感度が高い
30点を満点として、 20点以下のとき、認知症の可能性が高いと判定する

一見便利な HDS-Rも、その欠陥が指摘されている

たとえば、HDS-Rでは

ピック病 (人格変化を来たす認知症の一つ) 、レビー小体病 (幻覚を特徴とする認知症の一つ) などを 「正常」 と判定してしまうことも多い
これらの認知症では早期の記銘力低下がないからである

たとえば、HDS-R施行中に

「馬鹿にするな」 と怒り出す人もあり、被検者のプライドを傷つける
すなわち、被検者の協力が得られないと正確な判定はできない

たとえば、HDS-Rでは、その気になれば

認知症の 「ふり」 をすることが容易で、諸事情があるのであろう、わざと不正解の回答をする人さえある

たとえば、HDS-Rでは質問の最後に

「知っている野菜を 10個 答えなさい」 という問題があるが、普段、家事を担当する (した) 女性は料理のために、スーパーなどの野菜コーナーを必ず巡るが、男性は、そのようなことは少ないので、たとえ認知症でなくても、野菜 10種類は出てこない場合もある

今、全世界で汎用されている認知症検出ツールとしては

MMSE (mini mental state examination) というものがある
これは長谷川スケールに1年遅れて、1975年に米国で開発されたものだが、長谷川式スケールと似た質問形式を基本としている
ただし、MMSEでは、記銘力のみならず、空間認知や、作文などが独自の項目とあり、より広汎な認知障害を検出できるという

ところで、これら質問形式の診断とは別に

アルツハイマー病を客観的に早期診断できるとされる検査法が最近普及し始めたことをご存知だろうか?

「VSRAD」 と呼ばれるシステムである
これは、 「早期アルツハイマー型認知症診断支援システム」 であり、埼玉医科大学の松田博史氏の監修のもと、大日本印刷、エーザイが共同開発したものだ

実際には、単に頭部のMRIを撮像するだけであるが

固有のソフトウエアにより、海馬の萎縮の程度を、脳の他の部分と比較し、最終的に数値で算出する
2以上で早期アルツハイマー病の疑いがあり、1から2未満では経時的にフォローすることが望ましいとされる

海馬の萎縮が

アルツハイマー病の初期変化であることはわかっていたが、従来の画像診断では海馬の萎縮を相対的に数値化することはできず、CTやMRIではアルツハイマー病 初期の画像診断は実質上不可能であった

この点で、 VSRAD は画期的なツールと言える

VSRAD による診断は 1.5T以上のMRI装置で可能であり

飯綱病院でも導入しているので、希望する方には実施している

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