ホーム > Dr.ブログ > No.203 胸痛

  • 救急の場合
  • 診療時間
  • 面会時間
  • 人間ドック
  • フロアマップ
  • 川口正展のなるほどザ・メディスン
  • Dr.ブログ

No.203 胸痛

2013/01/11

事実、須田公彦は判断が速い

「即断、即決」 という言葉は、彼のためにあるが如くである

彼の直観力と判断は正確だ

だから、現場で彼を見ている看護師など、他の医療スタッフは、彼の医療内容に関して 「だけ」 は厚い信頼を置いている


それは、桜も散りかけた、まだ少し肌寒さを感じる宵のことだった

締め付けるような激しい胸痛を訴えて

48歳の会社員が救急外来を受診した
その夜の救急担当は、卒後 4年目の藤谷大輔であった

大輔は

発症のしかた、典型的な症状から、急性心筋梗塞と確信した
心電図は、胸部誘導の T波が多少増高しているだけで、まだ ST変化はない
血液検査でも、心筋酵素の上昇はないが、トロポニンTは陽性で、白血球数の上昇がある

「カテのやり時か」

彼は 「発症まもない急性心筋梗塞」 と診断し、カテラボを立ち上げるように指示し、心カテチームの看護師に連絡した

急性心筋梗塞は、救急外来ではめずらしくない

その場に居合わせた誰もが藤谷の診断を疑わなかった
そして、いつもの流れのように事は運ぶ
はずだった

その場に偶然居合わせた須田は

ぼんやりと、遠巻きにスタッフの動きを眺めていた
彼は、看護師が患者の血圧を何度も測り直しているのを見逃さなかった

首をかしげたその看護師は、今度は左腕で血圧を測り直す

ようやく血圧が測れたのか、「血圧 160/90 です」
彼女は藤谷に報告し、記録をしている

「高いな」

須田はそう呟くと、部屋の隅に電源を入れたままで置かれている心エコー装置を見つけ、 48歳会社員の胸にプローブを当てた

「ダイセクション  カテ中止!」

液晶画面を見つめたままの、須田の、低い、しかし良く通る声が、静かに救外に響く

患者はカテラボではなく、CT室へと運ばれて行った

須田は藤谷の耳元に

「お前、患者、殺す気か」

と囁いた

- つづく - (かも知れない)

この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

 |