2013/01/17
カルテを書いていると、看護師、桐谷渚が 「藤谷先生、加納さん、もう末梢が取れません」 と言う
絶食であり、抗生剤で下熱したばかりなので、点滴は続けなければならない
大輔が、加納さんの両腕、両下肢を見ると、確かに表在血管らしきものが見当たらない
駆血してみても、血管は全く触れない
彼が 桐谷渚に言うと、彼女はほっとした表情になって、早速準備を始める
小柄で、笑顔が可愛い、田中れいな似の渚は、大輔のお目当てである
ここでいい所を見せておきたい
そこからスルスルとカテーテルを進め、針糸で固定する
中心静脈確保なんて何でもない手技ではあるが、一発で入ると気持ちがいい
カテ先は下を向き、上大静脈内の適切な位置で止まっていた
「昨日入院した近藤さんが不隠になった」 との看護師の報告があった
もともと、少し認知症がある方なのだが、病院という慣れない環境と、進行肝癌による肝不全のためだろうか
点滴は引き抜き、ベッドからは降りようとする
大柄の筋肉質で、力があるから抑制もできない
大輔は鎮静剤であるドルミカムの静注を指示した
1アンプルを側管してしばらく様子を見たが、近藤さんの不隠状態は一向におさまる気配がない
こんなに大きな体だと、ドルミも効かないのか?
「きらくや」 の送迎バスが、そろそろ玄関に来る時刻だ
彼は、焦った
何とか鎮静に漕ぎ着けたい一心で、大輔は思い切った行動に出た
さすがに近藤さんは目を閉じ、寝息を立て始めた
大輔は、近藤さんのバイタルサインをチェックしたのち、そそくさと病棟を後にして、送迎バスに乗り込んだ
何でもないような話題で盛り上がり、あちこちでキャッキャという笑い声が響く
日頃、ナース達の白衣姿しか見ていないせいか、私服姿の彼女達は、老いも若きも華やいで見える
酔った頭の中で大輔は考えを巡らせていた
大輔は、胸ポケットの携帯が振動するのを感じた
「何かあったのか?」
「先生、近藤さんが呼吸してません」
「今、当直の先生呼んでます」
準夜ナースの緊迫した声
大輔は酔いが一気に醒めてゆくのを感じた
- つづく -
この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません