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No.212 腹痛1

2013/02/06

東新記念病院は二次救急指定である

夜間救急外来待合室は、さまざまな訴えの患者と、その付き添い人であふれている

  • マスクをかけ、激しい咳をしている人
  • ソファーに倒れこむような姿勢で横たわっている人
  • 車椅子に乗せられ毛布をかぶった老人
  • 左手から血を流しながら必死で押さえている人
  • 頭にヒエピタをはった小学生
  • ぜいぜいと呼吸音が荒く
  • 苦しそうな高齢女性

今夜の当直医、小栗俊太郎 が、数人の患者の診察を手早く終えた時

救急隊からの連絡が入った
85歳、女性、玄関で転倒して意識がないとのこと

「ああ、今夜も忙しくなるな」

小栗はそのルックスと、ユーモアのセンスの良さで

ナースに人気のドクターだ
因みに、ユーモアのセンスは人柄のすべてを語るとも言われる

転倒して頭でも打ったから意識がないのか?
何らかの原因で意識を失ったから転倒したのか?

救急隊からの簡略な報告では、状況が今一つ明らかでない
骨折でもしているのか?

幸い、今日の外科系当直は整形外科である
単なる骨折であって欲しい

しかし、実はそんなことより

彼にとって最重要事項は、今日はいつ夕食にありつけるのか、ただそれだけである

というのも、昼間の外来が長引いたため、昼食をとることができなかった
彼は朝食を食べない習慣なので、これで夕食にありつくことができねば、絶食時間は 30時間を超える
血糖値や中性脂肪値は一体どうなっているのだろうか?

そんなことを考える間もなく、サイレンが聞こえ、救急口から慌しく患者が搬入されてきた

救急隊員がメモを読みながら口早に状況を説明する

患者は、息子の嫁との 2人暮らし
外出しようと玄関に立った瞬間、崩れるように倒れこんだという
頭を打った様子はなく、呼名には全く反応しなかったとのこと

どうやら意識消失が先らしい

とすると頭?
「血圧 182/ 98、脈拍 68、サチュレーション 97です」
看護師が報告する

脳出血、脳塞栓、くも膜下出血といったところだろうか

小栗は 7.5mmのチューブを気管内に挿管したあと、患者をCT室へと運んだ

頭部CTの画像を見ると、くも膜下腔全体が白い

おそらく、脳動脈瘤破裂による、くも膜下出血だろう
脳外科にコンサルトをし、脳外の病棟に入院となった

徒歩の来院急患は

相変わらず、熱発、腹痛、めまい、頭痛、急性アルコール中毒など、多彩だが、各々の患者を処置し、一応診療を終えて時計を見ると 11時半
「もう こんな時間か」
さすがに深夜に入れば、ウォークインの患者は少なくなるが、救急搬送は逆に増える

その時、病棟看護師からのコールがあった

「小林治夫さん、田中先生の患者さんですが、先ほどからおなかを痛がっていますけど ・ ・ ・ 」

病棟からのコールがあれば

小栗は必ず診察に来ることを知っているので、看護師はそれ以上言わない

小栗が小林さんのいる 503号室を訪れると、小林さんは眠っていた

「なんだ、そんなに痛くないのか」
小栗はそう思ったが、一応、小林さんの腹を触診する

いろいろな部位を押さえては

「ここ痛いですか?」 と尋ねるのだが、小林さんはなぜか少し朦朧としていて、はっきりと答えない
「寝ぼけているのかな?」

小栗は、小林さんの腹が柔らかいので

外科腹ではないと判断したが、念のため腹部を聴診した
食後随分経っているとは言え、腸音がほとんど聞こえない
すこし嫌な予感はした
「CT画像が欲しい」

そう考えている時

救急外来から救急車到着のコールがあったので、小栗は、とりあえず、小林さんの絶飲食と血管確保の指示を出して、 1階に降りた

- つづく -

この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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