2013/02/08
田中亮介 は午前の外来診療中であったので、そのことを伝える病棟からの電話に 「あとで行く」 とだけ伝えた
小林さんは 78歳
糖尿病の悪化のため入院している人で、田中が担当医である
それっきり病棟からの電話はなかったが、外来診療の切れ目に田中は病棟に上がった
腹部は柔らかく、圧痛の部位も明らかでないが、苦しそうな表情を浮かべている
「何か変だ」
田中は、ペンタジンの筋注と血液検査、腹部単純CTをオーダーして、再び外来へ降りた
昨晩、頭痛を訴えて夜間救急外来を受診した 46歳の女性患者が待っていた
鎮痛薬としてロキソニンを 1日分だけ処方されていたので、今日も欲しいという
田中は いぶかしく思った
いわゆる頭痛持ちではない人なのに、突発ではない軽度の頭痛が 7日間も続いている
頭部CTでは、くも膜下腔に出血を思わせる白い部分は見当たらない
しかし、病歴からはマイナーブリードをどうしても否定できないと考えた田中は、外来で腰椎穿刺をおこなった
キサントクロミー、すなわち、出血があった証拠だ
続いて実施した脳MRAでは、 IC-PCに直径 5mmの動脈瘤が描出された
やはり、くも膜下出血の前兆出血であったのだ
前兆出血を放置すれば、数日のうちに脳動脈瘤の破裂が起きるから、頭痛薬を漫然と服用していれば、重篤なくも膜下出血によって大変なことになってしまう所であった
外来診療の間に、腹痛の小林さんのCT画像を開くと、小腸全体に水分が溜った腸管麻痺像、いわゆる無ガスイレウスを示している
虫垂も腫れてはいないし、閉鎖孔ヘルニアもない
田中が考えをめぐらせている間にも、小林さんの時間はどんどん過ぎて行く
- つづく -
この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません