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No.226 続・誤診

2013/03/21

鮎川真奈実は

自室でソファーにもたれて、トランスポーター 3 アンリミッテドを見ている
ジェイソン・ステイサムの鍛え抜かれた筋肉、そして、その彼がアウディ A8を華麗に操る
ビール片手に至福のひと時だ

もともと車好きの真奈実は、その愛らしい顔とは裏腹に、皆から、行動はオッサンと言われている

翌朝の真奈実

「しまった、遅刻だ!」
彼女は、 5分でメイクを終えると、愛車である黒色の BMW M3に急ぎ乗り込み、黄色信号はひたすら加速で渡り切り、家から 3kmの病院まで 5分で到着した

病院の廊下を更衣室に向かって小走り加減で歩いていると、三浦翔にすれ違った

彼は真奈実を呼び止め 「小栗先生が先生のこと捜してましたよ」 と言った

「私に何の用だろう?」

いやな予感

医局にたどりついた真奈実は、そっとドアをあける

「かろうじて始業に間に合った」
そう思った瞬間、小栗が声をかけた

「キミね、きのうの夕方 「胃腸炎」 の女性を診察したでしょ」

真奈実 : 「はい」

小栗 : 「あの人、深夜に昏睡状態で救急搬送されたよ」

鮎川 : 「ええっ?!」

鮎川は一瞬、何のことだかわからなかったが、 「どうしてですか?」 の一言はかろうじて飲み込んだ

そして、次の小栗の一言で全てを悟った

小栗 : 「 DKA だったよ」

「きっと劇症発症の糖尿病だ」

DKAとは、糖尿病性ケトアシドーシスのことである

劇症 1型糖尿病とは、 2000年に日本の医師が発見した糖尿病の 1タイプで、数日のうちに膵β細胞が全て破壊される疾患
ウイルス感染などが先行することが多い

一般に糖尿病でインスリンが絶対的に欠乏すると

ブドウ糖を利用できなくなるので、生体は脂肪を分解してエネルギー源としようとする

このときケトンが派生し、ケトンは酸性なので、血液は酸性に傾き、全身に不具合が生じる
そして、高血糖の持続で多尿が起きるため、脱水も加わって意識が低下もしくは昏睡状態に陥る

そう言えば昨夕の患者は、口腔内がやけに乾燥していた

脱水だったのだ
カルテを見直してみると、ナースが、血圧 90/66、脈拍数 90と記載している

血圧低下と頻脈は、紛れもなく脱水のサインである
それに、腹痛や嘔吐は糖尿病性ケトアシドーシスの症状の一つである

きっと血糖値は 数百mg/dlだったろう所へ、 5プロのブドウ糖液を点滴したのだから、さらに血糖値を押し上げてしまったに違いない

せめてもの幸いは深夜に救急搬送されて一命を取り留めたこと

加えて搬送病院が東新記念であったことだ

別の病院にでも搬送されようものなら
「あの女先生が誤診した」
ということになってしまう所だった


「 2日酔い」 との先入観

加えて、終業ぎりぎりの時間に訪れた患者の診療に手抜きはなかったか?

また、嘔吐、腹痛を見たら、鑑別として常に DKAを頭の隅に入れておかねばならないのだが、先入観からか、昨夕は、これを思いつかなかった

疾患を思いつかなければ、検査もしないから、診断がつかない

冷静に、 「 DKAかも知れない」 と思えば、尿検査をしただろう

そして、その結果、尿中ケトンや、尿糖の存在に気づいたことであろう

日頃から元気な鮎川も、今回ばかりはさすがに反省せざるを得なかった

この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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