2013/05/22
食思不振の精査 ・ 治療目的で入院中である
86歳にしては、痩せもなく、栄養状態は良好のようである
「夜間から突然、腹痛と嘔吐が始まった」 との看護師の連絡で三浦が呼ばれた
「これは腸閉塞 (イレウス) だ」
そこまではわかった
よくある腹部症状の一つだが、原因の特定は結構難しい
単なる急性胃腸炎もあるだろうし、胃潰瘍も嘔吐が初発症状のことがある
しかし、高齢者ということを考えると、何と言っても、イレウスが鑑別の上位に来る
三輪さんは画像上、イレウス
閉塞性のイレウスで多いのは、腹部手術後の癒着性イレウス
これは手術後、何年経っていても起き得る
しかし、三輪さんに腹部の手術歴はない
忘れてならないのが、便秘による腸管の閉塞、便秘イレウスとよく呼んでいるが、これが結構多い
三輪さんの便通は順調だ
しかも、単純レントゲン写真上は大腸の拡大像も明らかでない
ヘルニアとは、何らかの原因で出来た腹膜や腹腔内の小さな穴に、小腸などが入り込んでしまう病態で、中でも体表に出ない 「内ヘルニア」 は診断が難しい
一般に、やせた高齢の女性に多いとされ、 CT画像をその目で見れば診断は簡単だ
三輪さんは、確かに高齢ではあるが、決して痩せてはいないし、 CT上、閉鎖孔から腸管が出ている像はない
寄生虫であるアニサキスによる小腸閉塞で手術をしたことが、紙面を賑わせた
若い人にも関係がある 「上腸間膜動脈症候群」 も閉塞性イレウスに入る
たとえば、急性膵炎、腹膜炎をともなう虫垂炎などでは、痛み刺激で交感神経のトーンが上がり、腸管が動かなくなる
また、血管絞扼による腸管壊死などでは、腸への血流が遮断されるので腸管が動かなくなり、腸の中に液体が充満する
三浦の頭の中では、いろいろな疾患が渦を巻いている
「生活歴を含めた詳しい問診と、所見だけで診断がつくと豪語する医師がいるが、それはたぶん、ほんの一握りの疾患だけの話だ」
「仮に問診と所見だけ診断がついたとしても、検体検査とか、画像診断を伴っていなければ、その診断に関して、何の根拠もないことになる」
画像では、中に水分をためて、 「ぱんぱん」 に広がった小腸が見える
しかし、大腸は 「どこ?」 というくらい虚脱して、探すのにひと苦労だ
拡張しているのが小腸であるから閉塞部位も小腸?
一方、閉塞の位置より下にある大腸は空虚というわけだ
肝臓の中に胆管にそって空気が見えるではないか
胆摘のオペなどしていない通常の人で肝臓内に空気が写ることはない
「謎はとけた!」
三浦翔は心の中で叫んだ
- つづく -
この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません