2013/12/27
後期研修医として着任した佐伯航平は、消化器外科志望である
そして、今夜は佐伯が初の当直である
救急車のサイレンが鳴っているのがかすかに聞こえた
しかし、まだ救急隊からの連絡はない
「きっと今、救急患者を収容に行っているのだろう」、と佐伯は思った
案の定、十分ほど経ったころ、救急隊から連絡が入った
「バイタルは正常、意識レベルは 3の 200です」
佐伯はふと、そう思ったが口には出さなかった
「意識レベル低下」 は事実だし、意識レベル低下には重大な疾患が隠れていることが多いから、 「酒のせい」 との先入観は捨てなければならないことはわかっていた
「病歴と診察所見で診断はつく」
と自分を勇気付けた
「本当に酩酊状態だけなのかも知れないし」
しかし、そんな時は状況がはっきりわかっていて、一緒に飲んでいた友達が数人付き添い、彼らも酔っ払っているので、救急室前の廊下で大声を出して、ふざけ合ったりしては看護師に窘められていたものだ
患者は近医に通院していて、付き添ってきた兄が持参した 「お薬手帳」 には、降圧薬、抗不整脈薬、胃薬、鎮痛薬、睡眠薬、便秘薬、抗コレステロール薬など、多くの薬が記載されているが、抗痙攣薬はなかった
持続性心房細動があるらしく、抗凝固薬の名前もあった
時々開眼はするものの、問いかけに対しては返答しない
もぞもぞと体を動かすが、左半身は動かない様子だ
意識状態は多少改善しているらしい
明らかに急性アルコール中毒 「らしさ」 はなかった
血圧、経皮的酸素飽和度はほぼ正常
瞳孔不動なし
心雑音はなかったが、リズムは恐らく心房細動
左上下肢は不全麻痺で、バビンスキー反射が出る
意識障害の原因を想起させるためのツール、 「アイウエオチップス」
これは研修医になりたての頃、さんざん覚えさせられたから身についているはずだが、念のため手帳に書いている
しかし、アイウエオチップスはあまりにも網羅的なので、 1つひとつ消してゆく作業となる
抗糖尿病薬は使用していないし、冷汗や頻拍もないので、 1つめの I は除外
経皮的酸素飽和度は 98%なので O は除外、ただし覚醒剤などは不明
外見上、外傷はなく、体温も正常なので、 T は恐らく除外可能
P は不明
血圧 143/ 72よりショックは除外、抗痙攣薬も処方されていないから癲癇も否定的だが、心房細動があり、抗凝固薬を服用しているので、出血、梗塞などの脳血管障害は否定できない
いや、左片麻痺があり、脳血管障害の可能性が最も高い
あとは、 CTや血液検査で診断がつくだろう
佐伯は、頭部 CTと血液検査とをオーダーした
- つづく -
この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません