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No.280 ABCD

2013/12/27

東新記念病院に

後期研修医として着任した佐伯航平は、消化器外科志望である

そして、今夜は佐伯が初の当直である


終業時刻の 5時 15分をまわる頃

救急車のサイレンが鳴っているのがかすかに聞こえた

しかし、まだ救急隊からの連絡はない
「きっと今、救急患者を収容に行っているのだろう」、と佐伯は思った

案の定、十分ほど経ったころ、救急隊から連絡が入った

「57歳独居男性、たまたま兄が訪ねたところ、男性は炬燵に入って飲酒していたらしいが、意識は朦朧状態で、呼びかけに対して反応がありません」

「バイタルは正常、意識レベルは 3の 200です」

「ただ酩酊しているだけではないのか?」

佐伯はふと、そう思ったが口には出さなかった

「意識レベル低下」 は事実だし、意識レベル低下には重大な疾患が隠れていることが多いから、 「酒のせい」 との先入観は捨てなければならないことはわかっていた

佐伯は、これまで救急救命に勤務した経験もあり

「病歴と診察所見で診断はつく」

と自分を勇気付けた

「本当に酩酊状態だけなのかも知れないし」

実際、酩酊による意識障害で救急搬送される例は、今までいくらも経験した

しかし、そんな時は状況がはっきりわかっていて、一緒に飲んでいた友達が数人付き添い、彼らも酔っ払っているので、救急室前の廊下で大声を出して、ふざけ合ったりしては看護師に窘められていたものだ


救急隊が慌しく、救急口からストレッチャーを押して入って来た

患者は近医に通院していて、付き添ってきた兄が持参した 「お薬手帳」 には、降圧薬、抗不整脈薬、胃薬、鎮痛薬、睡眠薬、便秘薬、抗コレステロール薬など、多くの薬が記載されているが、抗痙攣薬はなかった
持続性心房細動があるらしく、抗凝固薬の名前もあった

ストレッチャー上の患者は

時々開眼はするものの、問いかけに対しては返答しない
もぞもぞと体を動かすが、左半身は動かない様子だ
意識状態は多少改善しているらしい

飲酒していたとの情報はあるが、呼気にアルコール臭はない

明らかに急性アルコール中毒 「らしさ」 はなかった

診察をする

血圧、経皮的酸素飽和度はほぼ正常

瞳孔不動なし

心雑音はなかったが、リズムは恐らく心房細動

左上下肢は不全麻痺で、バビンスキー反射が出る

佐伯の頭に浮かんだのは

意識障害の原因を想起させるためのツール、 「アイウエオチップス」
これは研修医になりたての頃、さんざん覚えさせられたから身についているはずだが、念のため手帳に書いている

  • A ・ ・ ・ 急性アルコール中毒
  • I ・ ・ ・ インスリン(低血糖)
  • U ・ ・ ・ ウレミア(尿毒症、腎不全)
  • E ・ ・ ・ 脳症、内分泌、電解質(Na、Ca、Mg)
  • O ・ ・ ・ 酸素欠乏、麻薬
  • T ・ ・ ・ トラウマ(外傷)、高体温、低体温
  • I ・ ・ ・ 感染(脳炎、肺血症、肺炎)
  • P ・ ・ ・ 精神科疾患、ポルフィリン症
  • S ・ ・ ・ てんかん、ショック、脳血管障害

しかし、アイウエオチップスはあまりにも網羅的なので、 1つひとつ消してゆく作業となる

患者は糖尿病でなく

抗糖尿病薬は使用していないし、冷汗や頻拍もないので、 1つめの I は除外

経皮的酸素飽和度は 98%なので O は除外、ただし覚醒剤などは不明

外見上、外傷はなく、体温も正常なので、 は恐らく除外可能

P は不明

さて、 S に関して

血圧 143/ 72よりショックは除外、抗痙攣薬も処方されていないから癲癇も否定的だが、心房細動があり、抗凝固薬を服用しているので、出血、梗塞などの脳血管障害は否定できない

いや、左片麻痺があり、脳血管障害の可能性が最も高い

あとは、 CTや血液検査で診断がつくだろう

佐伯は、頭部 CTと血液検査とをオーダーした

- つづく -

この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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