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No.281 ABCD・続

2014/01/04

血管確保時の採血検体は検査室に送り、患者は CT室へ搬送された

患者は、じっとしているように指示されても撮像中に微妙に動いたので、 CT画像はあまり綺麗ではなかったが、少なくても、明らかにわかるような出血像や腫瘍像などはなかった

「出血でなければ脳梗塞か?」

「持続性心房細動もあることだし、脳塞栓が起きても不思議ではない」

佐伯はそう信じた

早期の脳梗塞は CTには表われない

「MRIなら、拡散強調画像により、早期の脳梗塞を診断できる」

彼はそう思ったが、患者はじっとできない

鎮静剤を用いて MRIを撮像するべきか?

しかし、鎮静剤を使えば、検査中の呼吸状態が心配になる
MRIの撮像時間は長いのだ

気管内挿管して MRIをするか?

思いを巡らせながら、彼はとりあえず患者とともに救急室に戻った

と、その時、彼の院内 PHSが鳴った
それは検査室からだった

「先生、血糖、 21です」

「え、低血糖? なぜ?」

佐伯はそう思ったが、冷静を装い、直ちに 50%ブドウ糖液を 40ml側管から注入した

注入を終えた途端、患者は普通の人に戻った

そして佐伯の、問いかけには正常に答えた

左の麻痺も消えていた


糖尿病でなくても、またインスリンやSU薬を使用していなくても

低血糖発作を起こす場合があることは、理屈では知っていた

しかし、意識障害と左片麻痺、加えて持続性心房細動という情報が、 「これば脳血管障害だ」 との確信に近いバイアスを与えてしまった

患者の服用していた薬の中で

低血糖を起こす可能性があったのは抗不整脈薬だった可能性が高い

それに、飲酒も低血糖を誘発する

低血糖発作では、麻痺などの神経症候を示すことだってある

佐伯は、そんなことは知っていたのに

その知識を生かすことができなかった

さらに、結果論では実施する必要のなかった CTをして、ブドウ糖を注入するまでの時間を無駄にした

「意識障害で救急搬入された患者は、その時点で救急室にあるデキストロメーターで血糖値を測ることをルーチーン化するべきだ」

これは、彼が夜勤初日に得た、貴重な教訓であった


後日、この話を

先輩である恒川内科医長にしたところ、恒川は言った

「アイウエオチップス、いやアエイオウチップスですか
 もう忘れて下さい」

「あれは、どこかの大工さんの戯言です」

「重篤な意識障害を見た時、僕は、 ABCDです」

佐伯:
はっ?
恒川:
意識障害を見たら、 「原因」 を考えている間に、まず 「なすべきこと」 をするのです
佐伯:
なすべきこと ですか?
恒川:
そう AはアニソコリBはバビンスキー反射Cは CT、 Dはデキストロメーターです

恒川は続ける

「アニソコリがないか確かめるため瞳孔を見るから、もし両縮瞳していれば、ベンゾジアゼピン中毒や有機リン中毒、橋出血などが推測できます」

「CTは頭部だけでなくて、せめて胸まで撮るべきです」

佐伯:
それは、大動脈解離なども鑑別するためですか?
恒川:
それもありますが、とにかく胸部CTからは多くの情報が得られます

つまり緊急性の判断が重要ということですね

佐伯には恒川の言わんとすることが良くわかった

「どこかの大工さん」 以外は

この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません


※ アニソコリア :
左右で瞳孔の大きさが異なることで、脳内で緊急事態が起きているサイン
※ バビンスキー反射 :
脳血管障害のサイン
※ デキストロメーター :
簡易血糖値測定器

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