2014/01/04
患者は、じっとしているように指示されても撮像中に微妙に動いたので、 CT画像はあまり綺麗ではなかったが、少なくても、明らかにわかるような出血像や腫瘍像などはなかった
「持続性心房細動もあることだし、脳塞栓が起きても不思議ではない」
佐伯はそう信じた
「MRIなら、拡散強調画像により、早期の脳梗塞を診断できる」
彼はそう思ったが、患者はじっとできない
鎮静剤を用いて MRIを撮像するべきか?
しかし、鎮静剤を使えば、検査中の呼吸状態が心配になる
MRIの撮像時間は長いのだ
気管内挿管して MRIをするか?
と、その時、彼の院内 PHSが鳴った
それは検査室からだった
「先生、血糖、 21です」
佐伯はそう思ったが、冷静を装い、直ちに 50%ブドウ糖液を 40ml側管から注入した
そして佐伯の、問いかけには正常に答えた
左の麻痺も消えていた
低血糖発作を起こす場合があることは、理屈では知っていた
しかし、意識障害と左片麻痺、加えて持続性心房細動という情報が、 「これば脳血管障害だ」 との確信に近いバイアスを与えてしまった
低血糖を起こす可能性があったのは抗不整脈薬だった可能性が高い
それに、飲酒も低血糖を誘発する
低血糖発作では、麻痺などの神経症候を示すことだってある
その知識を生かすことができなかった
さらに、結果論では実施する必要のなかった CTをして、ブドウ糖を注入するまでの時間を無駄にした
「意識障害で救急搬入された患者は、その時点で救急室にあるデキストロメーターで血糖値を測ることをルーチーン化するべきだ」
これは、彼が夜勤初日に得た、貴重な教訓であった
先輩である恒川内科医長にしたところ、恒川は言った
「アイウエオチップス、いやアエイオウチップスですか
もう忘れて下さい」
「あれは、どこかの大工さんの戯言です」
「重篤な意識障害を見た時、僕は、 ABCDです」
「アニソコリがないか確かめるため瞳孔を見るから、もし両縮瞳していれば、ベンゾジアゼピン中毒や有機リン中毒、橋出血などが推測できます」
「CTは頭部だけでなくて、せめて胸まで撮るべきです」
つまり緊急性の判断が重要ということですね
佐伯には恒川の言わんとすることが良くわかった
「どこかの大工さん」 以外は
この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません