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No.307 佐伯の教訓

2014/03/26

佐伯航平は

「腰痛と左下肢痛」 で救急搬送されてきた、 72歳女性患者を目の前にして思った

「これは整形領域の疾患ではないのか?」

患者の訴えは次のようなものであった

  • 「一週間前に熱が出て、その頃から腰痛が出現し、左脚が痛みで動かしにくくなり、家の中を這って移動していた」
  • 「いずれ良くなるかと期待して毎日を過ごしたが、下熱はしたものの、腰痛と左下肢痛は、一向に良くならないので、思い余って救急車を要請した」

診察をすると

腰椎のあたりに圧痛があるようだが、部位は特定できない
右膝は自分で立てることができるが、左膝は痛いのか、少ししか動かせない
佐伯は、腰の疾患を第一に考え、採血を済ませた後、腰椎のMRIをオーダーした

MRIでは

腰椎の 2番と 3番の間、 3番と 4番の間から椎間板が後方へせり出し、脊柱菅はかなり細くなっていて、腰髄にも圧迫があるように思われた

高度の脊柱管狭窄症では、痛みや脱力で、下肢を動かせないこともある

これで全ての説明がつくと思った

すると、その時、血液検査のデータが届いた

その結果は佐伯にとって意外なものであった

CRP 17.5mg/dl、 末血の白血球数 7600

しかし、好中球の核左方移動はあまりない

1週間前に熱発があったことを考えると

腸腰筋膿瘍や胆道系感染も否定する必要があると考え、彼は、改めて腹部 CTをオーダーした

しかし、結果は、腸腰筋、胆嚢・胆道に異常な陰影はなかった

CRPの異常な高さだけが気になったが、 「少なくても内科疾患ではない」 と考えた佐伯は、整形外科に院内紹介状を書いた


紹介状の回答は、その日のうちに、パソコン上に届いた

「診断名 : 左膝偽痛風」

しまった

見逃した

左膝の偽痛風なら CRP上昇や熱発も説明可能だ

佐伯は左膝を触らなかった
触れば、きっと熱感や腫脹があったことだろう

偽痛風とは

比較的高齢の女性に発症する、大関節の炎症である
膝関節が最も多いが、肩、肘、足、股関節などにも起きる
関節包内に、ピロリン酸カルシウムが沈着することが原因だがその理由は良く知られていない
男性に多い 「痛風」 とは、沈着する物質も、症状も、治療も異なることから 「偽」 がつく

単関節炎だが

高熱、CRPの中等度の上昇が見られるので、感染症と間違うこともある
高齢者の不明熱の鑑別の第一に挙げられるべき疾患であり、それほどに多い疾患だ

佐伯は、そんなことは百も承知のはずだった

そして、今まで、偽痛風の患者はいくらも診てきた
それなのに見逃した

腰痛に目を奪われ

患者の最も痛がる部分を見つけ出さなかったために
そして、その部分を触らなかったために

一つのこと (ここでは腰痛) に着目すると

それを重視し過ぎることにより、結果的に他の可能性を無視して物を考えてしまう、いわゆる 「アンカリング ・ バイアス」 が働いた典型である

また、彼は、まさに病棟業務の途中に呼び出されていて

「一刻も早く救急を終らせたい」

との心理が 「手抜き診療」 と言われても仕方ない、左膝関節炎見逃しの遠因だったかも知れないが、そんなことは言い訳にもならない


その日、彼が得た教訓は

「痛い所は特定せよ」

という、ごく当たり前のものであった

※ この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませんが、医学的記述に関しては間違っていないはずです

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