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No.322 左わき腹の痛み・前編

2014/05/21

土曜日の夜の 10時をまわって

外来患者がようやく減ってきた矢先、地元の西柏坂救急隊から救急車受け入れの要請があった

「患者は 43歳男性、 10分ほど前から、嘔吐とともに強い左側腹部痛を訴えています。 意識、バイタルともに正常です。」

当直医の 西澤明弘は

20名あまりの患者の診療を終えたばかりで多少疲れてはいたが、当然のように受け入れる旨の返答をした

「また、きっと尿管結石だろう」

東新記念病院では、早朝に訪れる尿管結石発作の患者がやたらと多い

大袈裟にいえば、 1晩に 1人は、ころげまわるような側腹部で受診し、その大半が尿路結石である

なぜこの地域だけこんなに尿路結石が多いのだろうか?

西澤は東新に来る前、ある病院のERに勤務していたが、尿路結石はさほど多い疾患ではなかった

東新記念病院のナースは

「先生、この辺りの水が悪いんですよ」

と必ず言う

「それはおかしい」 と西沢は思う

飲料水は上水道だし、成分分析くらいしているだろう
それに、水に一体何が多いと尿路結石が出来やすいのか
カルシウムか? マグネシウムか? ペーハーか?
そんな話はどの教科書にも書いてない

西澤は腹部エコー装置のスイッチを入れて、救急車の到着を待った

救急車の到着が意外に遅い
西澤は所在無げに救急口から外へ出てみた
春のやわらかい夜風が心地よい

するとそこにサイレン音を消した救急車が、車寄せに滑り込んできた

ストレッチャー上の大柄な男性は、かすかな唸り声を上げながら、しかめ顔で右を下にして前かがみの姿勢をとっている

早速、腹部エコー装置のプローブを患者の左腰背部に当てる

「あれっ、水腎症がない!」

尿管結石の患者なら、尿管が結石で堰きとめられているから、石より上流の尿管や腎盂は拡大していて、いわゆる、水腎症、水尿管像がエコーで明確に見えるはずだった

「尿路結石でないとすると、一体、この側腹部の激痛の原因は何だろう?」

もちろん、鑑別として、腎動脈解離、腎梗塞などが彼の頭をよぎった
右なら胆嚢関係、虫垂炎なども鑑別に上がるが、左には腎臓のほかに主だった臓器はない

若い小柄の、化粧っ気のない女性が

救急車から降りて、心配そうな表情で脇に立っている

夫人か、恋人か?

この際、そんなことはどうでも良かったが、そのいでたちからして、同居人であることは間違いなさそうだった

患者は痛がるばかりで、詳細な病歴を聞き出すことができない

そこで、その女性に尋ねることにした

「奥様ですか?」

「はい」

「昼間は全く何ともなかったんですね?」

の問いに、彼女は

「 2日前から風邪気味で、風邪薬を飲んでいたようです」

「でも、今日は子供達とハイキングに行く予定でしたので、多少無理をして出かけたのかもしれません」

「ハイキングはどこへ行かれたのですか?」

「石華山です」

石華山のハイキングコースには

手軽な初心者向きのコースと、傾斜のきつい上級者コースとがある

西澤:
どちらのコースを登ったのです?
夫人:
私と子供達は初心者向けのコースでしたが、主人は上級者コースを登りました

- つづく -

※ この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませんが、医学的記述に関しては間違っていないはずです

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