2014/05/21
外来患者がようやく減ってきた矢先、地元の西柏坂救急隊から救急車受け入れの要請があった
「患者は 43歳男性、 10分ほど前から、嘔吐とともに強い左側腹部痛を訴えています。 意識、バイタルともに正常です。」
20名あまりの患者の診療を終えたばかりで多少疲れてはいたが、当然のように受け入れる旨の返答をした
「また、きっと尿管結石だろう」
大袈裟にいえば、 1晩に 1人は、ころげまわるような側腹部で受診し、その大半が尿路結石である
西澤は東新に来る前、ある病院のERに勤務していたが、尿路結石はさほど多い疾患ではなかった
「先生、この辺りの水が悪いんですよ」
と必ず言う
飲料水は上水道だし、成分分析くらいしているだろう
それに、水に一体何が多いと尿路結石が出来やすいのか
カルシウムか? マグネシウムか? ペーハーか?
そんな話はどの教科書にも書いてない
救急車の到着が意外に遅い
西澤は所在無げに救急口から外へ出てみた
春のやわらかい夜風が心地よい
ストレッチャー上の大柄な男性は、かすかな唸り声を上げながら、しかめ顔で右を下にして前かがみの姿勢をとっている
「あれっ、水腎症がない!」
尿管結石の患者なら、尿管が結石で堰きとめられているから、石より上流の尿管や腎盂は拡大していて、いわゆる、水腎症、水尿管像がエコーで明確に見えるはずだった
もちろん、鑑別として、腎動脈解離、腎梗塞などが彼の頭をよぎった
右なら胆嚢関係、虫垂炎なども鑑別に上がるが、左には腎臓のほかに主だった臓器はない
救急車から降りて、心配そうな表情で脇に立っている
夫人か、恋人か?
この際、そんなことはどうでも良かったが、そのいでたちからして、同居人であることは間違いなさそうだった
そこで、その女性に尋ねることにした
「奥様ですか?」
「はい」
の問いに、彼女は
「 2日前から風邪気味で、風邪薬を飲んでいたようです」
「でも、今日は子供達とハイキングに行く予定でしたので、多少無理をして出かけたのかもしれません」
「ハイキングはどこへ行かれたのですか?」
「石華山です」
手軽な初心者向きのコースと、傾斜のきつい上級者コースとがある
- つづく -
※ この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませんが、医学的記述に関しては間違っていないはずです