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No.325 吐く女性・前編

2014/05/29

朝、西澤明弘はパソコンをあける

今日は午前 33名、午後 21名の予約患者が入っている
比較的少ない数で、西澤は、少しだが、ほっとした

しかし、今日は初診担当の総合医が学会出張で休診である

初診患者の何人かが回ってくることを覚悟しなくてはならない

朝早い患者は、早く来て早く帰りたいからなのか、あまり訴えがない

はじめの数名は高血圧や糖尿病の患者で、定期処方だけで終った
もちろん次回予約、次回の採血予約も入力するが、そこは手馴れたもの
ちゃんと聴診もして、患者と笑顔で会話をかわし、スムースに診療を終えることができた
ここまでで 15分
さい先の良いスタートと言って良かった

その後も、ほぼ順調に外来は進み

患者を待たせることもなく、ほぼ予約時刻どおりの診療が続いた

その時である

案の定、新患が回ってきた

22歳女性、 「朝から何度も吐く」 という訴えである

腹痛や下痢はなく、頭痛や発熱もない
血圧は 96/ 67と、やや低いが、若い女性なら、正常でもありうる程度である
ただ、脈拍が 102と、やや速いのが気になった

西澤は、吐く疾患を頭に想起してみた

腸閉塞、急性期の胃潰瘍、脳圧亢進、髄膜炎、脳炎、脳血管障害、心筋梗塞、急性肝炎など、数え上げたらきりがない
おっと、若い女性であるから、妊娠による 「つわり」 も想定内だ
つい最近の職場健診では、検査項目はすべて正常範囲内だったとのこと

付き添ってきた彼女の母親は

「嘔吐は今まで経験のないほど激しくて頻回」 であり、
「昨日の夜までは何ともなかった」
と言った

彼女は嘔気のため、まともに顔を上げることもできなかった

ベッドに寝かせて腹部を診察するのだが、診察に充分なポジションすら取れなかったため、圧痛など正確に所見を取ることが不可能であった

すでに次の予約患者を随分待たせている

とにかく早く検査をして診断をつけて治療をしなければならない

西澤は

血液検査 (消化器スクリーニングセット) と、尿の HCG、それに腹部単純写真 (腹単) をオーダーして、制吐薬を加えた 500mlのソリタ T1を点滴した

腹単では腸閉塞像はなく

血液検査では白血球数が 9600とやや増加している以外に特に異常はなく、 CRPも 0.2と正常範囲内であった

「血液検査に異常が出ていないということは胃病変の可能性が高い」

「胃潰瘍か AGMLだろう」

と判断した西澤は、点滴も終了しかけている患者に説明した

「明日、胃カメラをしましょう」

患者の吐き気は少しおさまった様子であったので

西澤は彼女に制吐薬と PPI (胃薬) とを処方した

「入院しますか?」 と西澤が訊ねると

彼女は 「いいえ、帰れます」 といって、母親の運転する車で帰っていった

西澤は、随分遅れてしまった予約外来診療を再開した

その夜、大変なことが起きることなど、予想だにしないで

- つづく -

※ この物語は全くのフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませが、医学的記述に関しては間違っていないはずです

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