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No.341 山本五十六

2014/09/01

今、阿川弘之の代表作の一つである 「山本五十六」 を読んでいる

いや、正確には、読み返している

昭和 48年発行とあるから

僕が大学生時代に購入して読んだものだろうが、内容は全く覚えていないので、今回の読み返しが初見のようなものだ

因みに、当時の価格は、上下巻あわせて 400円

僕の読んでいるのは文庫本であり

単行本は昭和 43年頃に 「新版山本五十六」 として発行されているという
「新版」 というのは、昭和 40年に新聞に連載されていたものを単行本に纏めたものがオリジナルで、その後、史実と異なる部分がいくつか発見されたため、著者が修正加筆を加え、 「新版」 とした
すなわち今回、僕は新版とは記されていない新版を読んでいることになる

ややこしい話はさらにつづく

「新版」 は、さらに修正されて 「改版」 として 21世紀に再版されている
この改版は、五十六をめぐる 2人の女性の婚外関係に関する部分を削除あるいは訂正しているのが特徴で、五十六の親族からの抗議などにより、阿川自身が書き直したとのことらしい

ということで

僕の手にしている版は原本の内容により近く、今では古書でしか入手できない、貴重といえば貴重な版である

文庫本といえども

上下巻で 700余頁の大作であることと、 1頁に詰まっている内容や登場人物名が多いのにもかかわらず、するっと簡潔に書かれているので、ところどころ読み返しながら、実在の海軍軍人について、その人物像を調べたり妄想したりしながら進んで行かねばならない

また、随所に登場する原文のままの書簡を読みくだすのにも手間がかかる

だから、この本は、 1晩や 2晩で読みこなせる代物ではない

ヒット小説は映画化される現代においても、このような長編の映画化には無理があるのか、阿川弘之原作の山本五十六は映画化されていないようだ

小説であるから虚構の部分も含まれているのだろうが

実在した名前や史実が多いので、まるで海軍側からみた太平洋海戦史前半を読むようなスタンスである

巻末に掲載されている参考文献は 100余

取材を受け、証言に応じた生存の元軍人は 100名を越える
すなわち、徹底した取材に基づいて、かなり真実に近い山本五十六像を描いた作品であり、他に類を見ない大作と言っても良いだろう

三国同盟に猛反対し、ロンドン軍縮会議で活躍し

井上成美とともに海軍の不戦派として知られた五十六であるが、皮肉にも聯合艦隊司令長官に任ぜられると、こんどは対米戦の総帥として、数々の奇抜な局地戦の立案・実行をし、緒戦においては圧倒的な勝利をおさめた、現場主義の実務派である

なお、本書によると

自分で決定し、海軍上層部になかば強引に了承させたハワイ作戦にもかかわらず、作戦決行の直前、盟友・堀悌吉にあてた 10月11日付けの書簡の中には 「個人としての意見と正反対の決意を固め」 というくだりがあり、山本個人としては最後まで不戦論を貫き、その信念は少しもブレていないことがわかる

新版では、五十六個人の人間的な面も多く描写していて

  • ポーカー、ブリッジといったゲームを愛し、しかもこれら賭け事にはめっぽう強かったとか、
  • 自分をとりまく女性たちを愛し、かつ、これら女性に対してもこまやかな心配りを怠らなかったとか、
  • プライベートでは、ずいぶん 「お茶目」 な面を持ち合わせていたこととか
  • おおらかな面を持つ反面、自分の意見は政府上層部に対してもきちんと通したこととか、

全編を通じて、題名どおり、彼の人間味あふれる人物像を浮き彫りにすることに主眼が置かれている

同時に

当時の海軍省の太平洋戦争に関する考え方、情報戦 (=暗号戦) に関する諸問題なども読者によくわかるような構成になっていて、自らが海軍将校であった阿川氏であるからこそ書けた内容も多く、興味を惹く

著者は、戦争を賛美するわけでも、嫌悪するわけでもなく

戦争の、そして戦争にいたる実際の経過を、ただ淡々と、仔細に伝えるという姿勢に徹している

東京の軍令部を中心とした海軍中枢が

前線の実情を知ろうとはせず、図上で立てる作戦を前線に強要するさまは、
平成のドラマ 「踊る大捜査線」 での青島刑事の名せりふ
「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!!」
を彷彿とさせる

小説は

山本が周囲の反対を押し切って、陸攻で前線視察に向かう途中、ブーゲンビル島上空で米空軍に襲われて撃墜されたあとの、長官機捜索の詳細な様子、すなわち、いくつかの隊がジャングルの中を分け入り、遂に墜落現場に辿りついた状況や、荼毘にふされた後、国葬に至る経緯までを、本当に最後まで詳細に描いて終る

表向きは小説の形をとっているが

この本は、一般の人が太平洋戦争を知る第一級の史料と考えてもいいのではないだろうか

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