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No.386 不思議な勝ち

2015/06/16

「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」

野村克也監督の、知る人ぞ知る名せりふである

僕は、はじめてこの言葉を聞いた時、なるほどと、納得してしまった

前段は、
「なぜ勝ったかわからない、いわゆる ビギナーズラックとでもいう、偶然の勝ちが往々にしてある」

後段は、
「負けには必ず理由があり、どうして負けたのかその理由が分からないことはない」

と勝手に解釈したからだ

野村監督の意図するところはさておいて

この前段の解釈にはいくつかがあるという

しかし、もともとこの言葉は

心形刀流剣術の達人、松浦静山の著、 「常静子剣談」 の一節で、静山自身の解説があり、前段は

鍛錬によって優れた技量を持つようになった者は、試合において、自分の勝つための法則による戦術をきちんと実行するから、本人は自覚しないまま、気がついたら勝っていたという 「不思議」 な勝ちがある、ということらしい

歴史では

事前に緻密な戦略を立てた信長軍が、圧倒的な兵力を擁する今川義元に奇襲をかけて勝利したのが 「不思議の勝ち」 ということになろう

これを治療に結びつけて、シナリオを作ってみる

治療に勝敗を持ち込むのはいささか不謹慎とは思うが、治療とは病気との闘いであり、患者が治れば、さしずめ 「治療の勝利」 ということになりはしないか

シナリオ 1

慢性心房細動と慢性心不全で外来通院中の 88歳の女性患者 Aさんが肺炎を起こして入院した

主治医 Bは、喀痰のグラム染色の結果から起炎菌を肺炎球菌と推定して、肺炎球菌に感受性の高い抗生物質をただちに投与開始する

ところが熱発による心拍数の上昇と肺炎による血中酸素濃度の低下が原因で、心不全が急速に悪化し、その夜に肺水腫を起こす。
肺水腫と肺炎による肺機能の悪化から、患者は深夜になって酸素 5リットルをマスクで吸入しても酸素飽和度が 85%までしか上がらず、看護師が主治医 Bに報告した

Bは機械による人工呼吸を開始、利尿薬や血管拡張薬を使い、心不全の治療を並行して行い、数日後には呼吸状態は改善する。

しかし、安心もつかの間、再度熱発したため、その原因をカテーテル感染と考え、中心静脈カテーテルを抜去する
血液培養の結果、起炎菌がわかり、感受性のある抗生剤を使用した

やがて下熱し、利尿薬や抗生剤が奏功して、Aは人工呼吸から離脱した
数日たって、腰痛と三度目の熱発が見られたため、菌血症による腸腰膿瘍を考え、腹部 CTを撮ったところ、右腸腰筋に膿瘍らしき低吸収域を認めたため、穿刺ドレナージをおこなうとともに強力な抗生剤治療を 2カ月間続けた

やがて下熱し、腸腰筋膿瘍は治癒し、心不全も内服薬でコントロールできるようになり、 Aは歩いて退院していった

これは主治医が、絶えず変わる病態を的確に認識し

セオリーに従って先手先手で標準的な治療をしただけであり、主治医もそれをあまり認識していないだろう 「不思議な勝ち」 である

シナリオ 2

慢性心房細動と慢性心不全で、外来通院中の 88歳の女性患者 Aさんが肺炎を起こして入院した
肺水腫と肺炎による肺機能の悪化から、患者は深夜になって酸素 5リットルをマスクで吸入しても酸素飽和度が 85%までしか上がらず、看護師が主治医 Cに報告した

主治医 Cは

深夜に看護師から報告を受けた際、電話で 「酸素を 10リットルに上げて下さい」 と言い、看護師は酸素流量を 10リットルに上げた
翌朝になると Aの意識が朦朧としていた
酸素流量を上げたことで炭酸ガスナルコーシスを起こしていたからである

C医師は

患者が炭酸ガスのたまりやすい状態であることを認識していなかったから、酸素流量の増量をはかれば呼吸状態が改善すると思った
また、深夜に患者の状態を見に来ることを怠った

この 2つが負けの原因である


「負けに不思議な負けなし」 を肝に銘じ

負けの原因を徹底的に洗い直す作業をすることは、 「次の勝ち」 のためには、どの分野でも、きわめて重要であることは言うまでもない

「死亡症例検討会」 なる会を開いている病院が増えている

これは、負けの原因を探り、次の勝ちに備えているのである

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